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東京高等裁判所 昭和32年(う)229号 判決

被告人 藤野時雄 外一名

〔抄 録〕

弁護人上代琢禅控訴趣意第一点について。

しかしながら原判示第一事実認定の証拠として挙示した各証拠を総合すれば、協同水産株式会社(以下協同水産と略称する)の代表取締役社長であつた被告人長谷川は、原判示第一冒頭記載の如く昭和二十四年五月資金調達のために上京し、同判示合同水産株式会社内(以下合同水産と略称する。)に連絡事務所をおいて専ら資金調達に奔走するに至つたが、その間同被告人は前記合同水産取締役林田健一、専務取締役村上広雄等が手形の割引を斡旋して謝礼金名下に利益を得ているのを見聞し、自らもこれにならつて、手形割引を斡旋し利益を図らんと企てたこと、その頃原判示第一記載の如く営業不振にて資金困難となり、従業員の給料さえその支払にこと欠き、至急二千万円程の融資を必要としていた日本光学工業株式会社(以下日本光学と略称する。)の経理部長森田茂之助、同部副長兼会計課長本田勝人等が手形割引を希望していることを聞知し、前記林田、村上にその旨を伝えて、同人等の斡旋尽力を得、その結果一千万円の手形割引が実現したので、被告人長谷川は二十数万円の謝礼金を利得したこと、しかしてその手形割引が確実に出来る見込がついた頃即ち昭和二十四年五月末頃被告人長谷川は、前記本田勝人から直接に、更に一千万円の手形割引による金融の斡旋方を依頼されたので、これを引き受けたこと、しかして被告人長谷川は、手形割引による融資の出来次第その金員を日本光学に持参引渡す約の下に、本田から原判示の如き金額三百万円二通、四百万円一通の約束手形合計三通を受け取り、これを同判示の如く足立穰に交付して、その割引方の斡旋を依頼したところ、その後足立から一通の金額が余り多過ぎるから分割されたいと同判示の如き申出があつたので、長谷川は六月五日頃その旨本田に伝え、同判示の如く更めて日本光学社長長岡正男振出の金額二百万円三通(甲第十五、第十六、第十七号の三通にて、甲第十五及び第十六号の各受取人は長谷川光男、第十七号の受取人は協同水産)及び金額三百万円二通(甲第十八号、及び第十九号の二通にて、その受取人はいずれも城南興業株式会社)合計五通の約束手形を本田から受け取り、その頃右の金額二百万円の三通を右足立穰に、金額三百万円の二通を株式会社千代田銀行(昭和二十八年七月株式会社三菱銀行と商号変更)検査役兼監査課長俵精一にそれぞれ手交して、重ねて手形割引による金融の斡旋方を依頼したこと、その結果被告人長谷川は、(イ)甲第十六号の金額二百万円の約束手形一通については、原判示の如く六月十五日頃松岡武次からこれが割引金として、第一銀行銀座支店振出金額九十五万円及び三和銀行銀座支店振出金額六十五万円の小切手二通を受け取り、(ロ)甲第十八号の金額三百万円の約束手形一通については、同判示の如く俵精一を通じ、六月十八日頃高野秀太からこれが割引金として、同人振出金額二百七十万円の小切手一通を受け取つたこと、しかるに被告人長谷川は、これらの小切手を自己の用途に使用する目的の下に、前記(イ)(ロ)の小切手三通をそれぞれ、いずれもこれを受け取つた同日、原判示千代田銀行銀座支店における長谷川光男名義の当座予金に預け入れたこと、(その後長谷川は、右預金から協同水産に対する自己の債務百二十万円のうちへ百万円を支払い、中川喜平に二十万円を貸付け、或は清水東一郎に百万円、足立穰に十一万円を交付し、その他は自己の諸雑費、諸経費等に充当費消してしまつた。尚尤も(ロ)の小切手金の予金中から同月二十一日百五十万円を引出し、これを前記甲第十六号の金額二百万円の約束手形の割引金の一部として日本光学に交付した。)及び被告人長谷川は、本田勝人から前記の如く手形割引斡旋方の依頼を受けた際、長谷川自身がその割引金の全部或は一部を自己の用途に使用することができるとの了解は得ておらず、却つて前記の如く融資の出来次第その金員を日本光学に持参引渡す約であつたにも拘らず、前記の如く預金した後において、言訳としてトラブルが起きて割引金は外から押えられてしまつたので、暫く待つてくれと弁解していたことが認められる。

元来手形割引の周旋を委任されたものが、(報酬、手数料等の契約の有無は別として)その委任の趣旨に従い手形の割引により第三者から現金(小切手を含む)を受領して占有したときは、その金員は委託者の所有に帰し、受託者はこれを直ちに委託者に引き渡す義務を有するものであつて、その引渡をなすまでは受託者は委託者のために保管するものというべく、従つて両者間に何らの特約なき限り、受託者において、これが引渡をなさず、これを自己の用途に使用する目的にて擅にこれを自己名義の銀行預金口座に預け入れたときは、結局自己の占有する他人のものを不法に領得する意思の下に横領したものといわなければならない。しからば被告人長谷川は、前記の如く割引金として松岡武次から受け取つた九十五万円と六十五万円の小切手二通、高野秀太から受け取つた二百七十万円の小切手一通を日本光学のため保管中前記の如く六月十五日頃と同月十八日頃それぞれ擅に前記銀行における同被告人名義の預金口座に預け入れて以てこれを着服横領したものであることは明らかである。(但し右後者については前記の如く後日百五十万円を割引金の一部として日本光学に引き渡しているから、その範囲において犯罪の成立を認めないことは原判決のとおりである。)割引手形の受取人名義が被告人名義である場合には、その割引金は被告人の所有に属し、委託者の所有に属しないとの所論は、犯罪の成立を阻却する理由とはならないし、又被告人長谷川は、日本光学の要求に応じ三百五十万円と二百万円の約束手形二通を交付してあるから、これは被告人に不法領得の意思なかりし証拠であるから、横領罪を構成しないとの所論も理由がない。結局論旨はすべてその理由がない。

弁護人上代琢禅控訴趣意第二点中事実誤認の論旨、弁護人塚本重頼控訴趣意第一点乃至第七点及び同吉井晃控訴趣意補充書中の論旨について。

原判決がその第二の判示事実の証拠として掲げた各証拠を総合すれば、被告人藤野は昭和二十三年二月から二十五年三月まで飼料配給公団(以下公団と略称する。)経理局資金課長の職にあり、昭和二十三年十二月以降は、同局次長心得を兼任したものであるところ、資金課長として公団本部の基本金に関する事項、事業資金に関する事項、資金計画及び資金の需要調整等に関する事項その他資金に関する事項についての事務を管掌していること、一方公団北海道支部の魚粕指定集荷人である北海特産株式会社(以下北海特産と略称する。)が右公団支部から前渡金百二十数万円を受け取りながら品物を納入しなかつたために、北海特産専務取締役梶山親武を初め公団支部職員の刑事問題にまで発展して来たので、昭和二十四年七月頃北海特産の公団に対する債務の弁済につき、梶山は勿論被告人藤野においても至急解決をなすべく苦慮していた折柄原判示第一記載の如く製永冷凍工場建設資金調達のため上京奔走していた被告人長谷川が梶山の依頼により、公団に対する前記債務弁済資金の金策方に助力関与することとなり、同年八月中旬梶山の紹介により被告人藤野は同長谷川を相識るに至つたこと、その頃被告人長谷川は、慶和産業株式会社取締役青木辰雄を識り、その意見に従い、藤野との間において、公団の資金を新しく銀行に預金すると取引業者が手形割引を受け関係者に謝礼が貰える。又預金すれば手形の割引もして貰えるからそんな方法で資金を調達しようとの話合をしていたが、同年八月二十五日頃被告人長谷川は同藤野に対し、喜清商事株式会社社長小沢英二は第一信託銀行に信用があつて、この人の持つて行つた手形は割引してくれないものは一つもない程で、この小沢が引き受けるというから、公団の資金を千五百万円程第一信託に信託預金すれば、小沢の斡旋によつて手形割引による謝礼が貰える、又預金高までは手形を割つて貰えるから、これで北海特産の債務を弁済し残りは長谷川らの資金にしたらよいだろう、公団にも金が入ることだからその方法がよいのではないか、との青木辰雄の言を伝えたところ、被告人藤野はどれ位の謝礼が貰えるのだらうと訊ね、長谷川の五分位は貰えるとの返答に、それでは公団でも早急に金が必要だから是非やつてほしい。しかし公団の金は信託とか定期にすることはできないから、当座預金でよいならそれでやつてくれと答え、その際右両被告人間において、謝礼を貰つたらその一部を北海特産の債務弁済に充て残りは長谷川の事業資金と藤野の機密費に使用することを相談決定したこと、その結果被告人藤野は公団総裁の決裁を得た上八月二十九日公団の資金千五百万円を千代田銀行(商号を変更したことは前記のとおり)築地支店から引き出し、これを第一信託銀行に当座預金として預金したこと、八月三十日頃藤野は長谷川に対し、北海特産の債務決済を装うため、その債務額と同額の百三十七万余円の長谷川名義の小切手を貰つておきたいとの要求をしたので、長谷川は、前記の如く、右第一信託銀行に預金したから謝礼金の入手は間違ないし又藤野のこの要求を入れれば北海特産の債務も消滅し梶山も助かると思い、小切手は後日謝礼金が入つてから銀行に振込む約の下に、長谷川は同人名義の小切手一通を藤野に交付したこと、しかして被告人長谷川は、その一両日後右第一信託銀行に北海特産振出協同水産宛二百八十五万円の手形の割引を依頼したところ、信用調査に日数を要するから一週間位待つてくれと云われ、結局所期の目的を達せられなかつたので、藤野は長谷川の進言に基き九月三日前記預金を全部引き下げ、千代田銀行築地支店に戻したこと、その頃長谷川は、青木辰雄、金融ブローカー老沼堯から、三和建設工業株式会社(以下三和建設と略称する。)は千代田銀行番丁支店から一億円を借用するにつきその見返りとなるべき預金を集めているから、公団も同銀行に二千万円位預金して貰いたい、但し公団の金と判ると短期間しか預け入れられないから実績にならない。今度は公団側の個人名義即ち藤野名義で三ケ月間預金してほしい。そうすれば三和建設は同銀行で手形を割引いて貰えるので、三和建設から五、六百万円の謝礼が貰える、その金で北海特産を片付け、残りを関係者で分配したらよいとの勧めを受け、九月四日頃被告人長谷川は同藤野にその旨伝えたところ、藤野はこれを受諾し、公団の資金二千万円を右銀行に預金し、よつて謝礼金を取得しこれを分配することに決定したこと、よつて九月六日頃被告人藤野は、上司の決裁を得ず独断にて、情を知らざる公団資金課員反町三郎に命じ、公団の資金二千万円を富士銀行銀座支店にて同額の預手とし千代田銀行番丁支店に藤野時雄個人名義を以て普通預金として受け入れたが、三和建設の専務取締役青山幸雄が同銀行に来なかつた等のため、目的とする謝礼金の件はその実現見込薄となつたこと、その頃被告人長谷川は、前記青木辰雄から、協和銀行新橋支店長は腹の大きい人だからこの人に頼んだ方がよい。同銀行に二千万円を三ケ月位預金すれば支店長が手形割引を斡旋してくれる。預金を見返担保にして手形割引をすれば番丁同様の金が入ることは間違ないとの進言を受けたので、同日(九月六日)頃土橋附近で、長谷川は藤野に対し番丁に預金して謝礼を貰う話は不成功らしい、協和銀行新橋支店長は話をのみこんでいるし、仲に立つ有力な者もいる。番丁が駄目なら前同様の条件で協和銀行に預金を移してほしい、藤野名義だと公団の金だということが判るし、又自分が今まで話を進めている関係上今度は長谷川光男名義で三ケ月位預けてくれ、そうすれば支店長の斡旋で手形割引をしてくれる、預金を見返担保にして手形を割引けば金融を受られることは間違ないとの青木の進言を伝え、協和銀行新橋支店に預金することを勧めたところ、被告人藤野は、第一信託も千代田も絶対大丈夫だと云つて何千万の金を持つて歩いてそれで駄目だとは自分の立場がない、何とか早く金を貰えるようにしてくれ、番丁が駄目なら明日にでも預金を下し協和銀行に預けようとて、長谷川の前記申入れを承諾したこと、翌七日頃千代田銀行番丁支店の方は謝礼金が出ないことが判明したので、藤野は長谷川との前記約旨に基き、その預金を協和銀行新橋支店に預け替えるため、通帳と印章を長谷川に渡したが、その後藤野は、公団の手持金が少ないのに二千万円という金を三ケ月間も預金すれば公団の資金運営にも支障の生ずべきこと、同年九月末には上半期の決算があること、又長谷川個人名義で預金することに一抹の不安を感じたこと等の理由にて、前記の如く一旦渡した通帳と印章を、同日長谷川から取り戻したこと、しかるに同夜銀座のカフエー「カルバドス」において藤野、長谷川両名が会合した際、長谷川は尚も前日土橋附近における話と同様の話をくりかえし、藤野の謝礼金として百五十万円ないし二百万円を交付する旨強調し、前記銀行への預け替えを勧めたこと、その当時被告人長谷川は前記工場の建設資金等に要する金員入手に狂奔しており、他方被告人藤野は吉田某に貸与した公団の資金約四十五万円の補顛或は八馬某の約三十万円の使込の穴埋等に心を痛めており、又北海特産の債務の決済も迫まられていて、金員の入手には必死となつていた折柄長谷川の申出を容認すればこれらに要する金員が入手できて互に利益を得られるし、又九月末までならば藤野の一存にて資金の遣り繰りがつくと思い、何ら上司の決済を得ることなく独断にて、預金は九月末までとして、長谷川の前記申出を全面的に許容、承認したこと、九月八日被告人藤野は、前示約旨に基き前記反町三郎をしてその手続をなすべく命じ、反町は千代田銀行番丁支店から前記藤野名義の預金を引き下げ東京銀行本店において二千万円の預手を作成した上長谷川にこれを手交したので、長谷川は同日これを原判示協和銀行新橋支店に持参し、長谷川光男名義にて二千万円の普通預金として受け入れたことが認められる。

(附記、その後の事件の顛末)

右二千万円の預金の後反町は長谷川名義の預金通帳を公団に持ち帰らず、ただ通帳の預り証のみを持ち帰つたのであるが、そのことに関し長谷川は藤野に対し、金融は十日間位で片がつくと思うが、それまで通帳を銀行に預けておいてくれ、銀行では、通帳を担保にして他から金融を受けた例もあるので、そんなことをされては困るから通帳は銀行で預つておく、といつていたと説明したので、藤野はその言を軽信し、前記預り証を受け取つたこと、その時藤野は謝礼金を早く持つて来てくれと要求し、長谷川はまだ手形割引もはつきりしないので決まり次第早速お届けする。先に北海特産のために渡した小切手は明日にでも銀行に振込んでくれといつたこと、(藤野は翌九日頃右小切手を銀行に振込み決済した)被告人藤野は、第一信託銀行に預金したときは上司の決済を得たが、その後は独断にて取り計つたため、九月八日頃(前記預金後)大沢助次局長に従来の経緯を報告したところ、大沢は公団の資金を第三者名義で預金することの危険を主張し、直ちに大沢名義に変更すべきことを命じたが、藤野は九月十二日には公団側の名義にするから五日間程は自分に委せてくれとて、直ちに上司の命に従わなかつたこと、その後長谷川は藤野の要求により、預金は九月末までとし、最初の五日間は長谷川名義、その後は藤野名義とすること、名義変更が出来ないときは預金を引き上げられても異議のないこと、次長名義で手形に保証して二千万円借り入れをなすこと等を記載した長谷川光男、青木慶三連名の申合事項という書面を藤野に交付したこと、藤野は予てからその受くべき謝礼金百五十万円のうち百万円は公団における機密費、会議費等に充て、残金は自ら取得する意思であつたから、長谷川に対し、百万円は公団へ、五十万円は自宅へ届けられたき旨申し伝えていたので、長谷川は九月十日頃公団へ百万円を持参して藤野に手交し、九月十一日頃十万円を、十四日頃四十万円を藤野の当時の自宅に持参手交したこと、しかして被告人長谷川は前記の如く預金した九月八日当日右預金を担保にして手形割引により同銀行から千九百七十万円余を借り受け、これを同銀行における長谷川の預金口座に預け入れた上この預金を以て前記北海特産のため同人が藤野に交付した百三十七万円余の小切手を決済し、藤野に前記の如く三回に合計百五十万円を手交し、或は青木辰雄等に二百万円を貸付けた外他人の手形割引、信用貸ないしは自己の事業資金等に充当費消したので、九月十四日頃にはその預金残額は三百二十五万円余となつたこと、被告人藤野は、大沢局長の名義変更の命令が急であつたため、九月十二日頃長谷川と相謀り前記長谷川名義の預金の担保を解除するため、藤野は亦も独断にて更に二千万円の公団資金を大沢名義にて協和銀行新橋支店に預金することとし、十三日反町三郎をしてその手続をなさしめたこと、しかるに同日藤野は反町から右二千万円預入の大沢名義の通帳、印章を受け取りながら翌日長谷川に通帳を手交したので、長谷川は大沢の印章を偽造し、九月十五日独断にてその預金を担保にして二千万円を借り受け、これを以て前記九月八日になした長谷川名義の預金、担保を清算解約し、二千万円の預手と大沢宛の右銀行名義の担保品預り証を公団に持参、藤野に手交したことも、原判決挙示の前記証拠によりこれを認めることができる。)

当時公団の取引銀行は、千代田銀行築地支店、富士銀行銀座支店、東京銀行本店、帝国銀行本店、第一銀行本店であつて、千代田銀行番丁支店及び協和銀行新橋支店はその取引銀行でなかつたこと、公団が銀行(支店を含む)と新規に取引を開始する場合には、必ず公団総裁に禀議してその決済を受けなければならない慣例になつており、又公団の定款、経理規定によれば公団はいかなる性質又は形式においても融資、前貸、投資することはできない定めであること等は、被告人藤野において十分知悉していたことは、同人の検察官に対する昭和二十五年五月二日及び五月十日の各供述調書によつて認めることができるから、被告人藤野は、公団資金課長として公団のため、その資金に関する事務を処理するに当つては、右の各条項に従うは勿論公団の資金の管理、運用に支障の生じないようその職務を厳正、誠実に処理すべき任務を有していたものであることは多言を要しないところ、前記認定の如く長谷川と九月七日頃自己及び第三者の利益を図る目的を以て、公団の資金二千万円を公団の取引銀行でない協和銀行新橋支店にしかも長谷川名義にて預金しこれを担保にして手形を割引き謝礼金名下に金員を入手せんことを共謀した上、上司の決済を得ることなく擅に前記の如く預金したことが証拠上明認し得る以上同被告人は、その預金額と同額の財産上の損害を公団に加えたものであることが明らかであるから、被告人藤野の右行為は背任罪を構成するものといわざるを得ない。

又被告人長谷川は、被告人藤野が公団の経理局資金課長であつて、公団の資金を公団と何ら関係のない銀行に、又何ら関係のない長谷川個人名義で預金することはその職務に背馳する行為であり、右預金によつて公団の事業資金に支障を来たすことを十分知つていたことは、同人の検察官に対する昭和二十五年五月七日付供述調書により認められるから、これ亦前記認定の如く公団の資金を流用して謝礼金名下に自己及び藤野らの利益を図る目的の下に藤野と共謀し、同人をして前記の如く預金せしめ、よつて公団に同額の財産上の損害を加えたものである以上同被告人は藤野の背任行為の共犯としてその責を免れないことは言を俟たない。

被告人藤野の弁護人は、先づ原判決はその認定した背任行為の既遂の時期の判示が不明であるとの理由の下に、事実誤認、理由不備を主張するが、原判文(第二の事実)を精読すれば、藤野は長谷川と共謀の上九月八日協和銀行新橋支店に公団の資金二千万円を、長谷川名義にて普通預金に預け入れた行為を以て被告人藤野の背任行為の既遂と認定したものであつて、その後における両被告人間における各種の判示事実は、背任罪成立後における事件の経過を記述したものに過ぎないものと認められるから、原判決には所論の如き事実誤認、理由不備の過誤は存しない。

次に所論は、被告人藤野は二千万円の預金を担保に供する意思はなくかつかかることを共謀したことなく、長谷川が預金を担保にして手形割引をしたことは全く知らなかつた旨、預金は五日間と限定したのであるから、公団に損害を及ぼさなかつたとの趣旨の主張をしているが、預金を担保にして手形割引をなし金員入手を共謀したことは前記認定のとおりであるが、仮りに所論の如く藤野において担保に供する合意なく、長谷川の所論の如き行為を知らなかつたとしても、前段認定の如く自己及び第三者の利益を図る目的を以て本人たる公団のため処理すべき任務に違背し、上司の決裁を得ず擅に公団の資金を供用して取引銀行にあらざる銀行にしかも他人名義に預金して、その結果本人たる公団に財産上の損害を加えたことの証拠上明らかな限り、背任罪の成立には何等の消長を及ぼさない。即ち刑法第二百四十七条に規定する背任罪は、同条所定の者が同条所定の目的を以てその任務に違背する行為をなし、その結果本人に財産上の損害を加える関係にある場合においては、その任務違背行為の終了と同時に犯罪が成立するからである。そしてその損害を加えた期間の長短ないしは後日その損害が補顛せられたと否とは犯罪の成立には影響を及ぼさないのである。又本人に加えた財産上の損害とは、凡べての財産的価値の減少をいい、本人に財産的実害を生ぜしめた場合のみならず、実害発生の危険を生ぜしめた場合をも包含し、その損害の数額はその任務違背行為に供用された金額と同一というべく、尚その損害には積極的損害の外消極的損害をも包含するものというべきであるから被告人藤野が公団の資金二千万円を前記認定の如く預金した以上同被告人はその任務違背行為により本人たる公団に二千万円に相当する財産上の損害を加えたものといわなければならない。又従つて仮え所論の如く預金の期間が五日間のみとするも、その間公団をしてその預金に供用した金員を使用するを得ざらしめたものであるから、公団に損害を加えなかつたとする所論は理由がない。

更に所論は、被告人藤野は、自己は勿論北海特産、長谷川の利益を図る目的を有しない、本人たる公団の利益を図つたに過ぎないとの理由の下に、事実誤認を主張するが、刑法第二百四十七条にいう第三者とは、他人の事務を処理する者とその事務を処理せしめる者とを除き、その以外のものを指称するものであるから、共犯人の利益を図つた場合と雖その共犯人にして他人の事務を処理する者でなく又その事務を処理せしめる者でないときは、その共犯人も亦ここにいう第三者に該当するものというべきであるから、本件においては北海特産は勿論共犯人たる被告人長谷川光男も亦第三者に該当することは勿論である。しかして被告人藤野は、自己は勿論北海特産並びに被告人長谷川の利益をも図る目的にて、長谷川と共謀の上本件預金行為をなしたことは前段認定のとおりであるから、原判決には所論の如き事実誤認はない。

次に所論は、現金を預金するのは確実性ある管理方法であるから、本件預金行為は背任行為を構成するものではないとの趣旨の主張をしているが、なるほど他人の事務を処理するためその現金を保管する者が、自らこれを保管することなく銀行に預金することは、現金の存在と同一視すべき確実性ある管理方法として許され、これが行為は背任罪を構成しないことは所論のとおりであるが、本件においてはこれと異り、被告人両名共謀の上被告人藤野の任務に背き公団の資金を流用して自己及び第三者の利益を図る目的の下に、右にいう確実性ある預金を強いて引き出し、公団と関係のない長谷川名義にて、しかも公団と取引なき銀行に預金したのであるから、右預金が所論の如き確実性を失わないものであるとは到底認められない。又藤野が通帳と印章を預る約束であつたから確実性を失わないとの所論もこれが理由とはならない。又公団には当時一億数千万円の資金があつたから、僅か二千万円位の公金を流用しても公団に損害を加えることはないとの趣旨の主張をしているが、本人たる公団の資金が幾何なりやは犯罪の成否に消長を及ぼさない。

又所論は、原判決は本人たる公団にいかなる損害が発生したのか数字的にこれを明示しないのは理由不備である。又第一回の預金による損害は第二回の預金にて補顛されたのであるから、これを損害と認定したのは事実誤認であると主張する。しかし背任罪の判示には一定の身分、目的、任務違反の行為の外これによつて本人に財産上の損害を加えた事実を認定判示すれば足り、必ずしも損害の金額を正確に確定判示することを要しないのであるから、原判決が仮りにその損害額を所論の如く数字的に正確に判示しなかつたとしても、これを以て所論の如く理由不備とはいえない。又本人の被つた財産上の損害を後日補顛されたとしても犯罪の成立に消長を及ぼさないことは前段説明のとおりであるから、仮りに所論の第一回の二千万円の預金により加えた損害が、第二回の二千万円の預金にて補顛されたとしても、第一回の預金により九月八日成立した背任罪には何等の影響を及ぼすものではない。

次に所論は、原判決は信憑性なき被告人長谷川の供述のみを証拠に採用して事実を認定し、信用すべき被告人藤野の陳述を採用しなかつたのは採証の法則を誤つたものであると主張するが、原判決は長谷川の供述(所論の如く信憑性なきものとは記録上認められない。)のみならず藤野の供述をも採用しその他幾多の証拠を総合して事実を認定したものであるから、藤野の供述はすべてこれを排斥し、長谷川の供述のみによつて認定したものではないことは明らかであるし、又両者の供述内容に矛盾がある部分につき、長谷川の供述を採用したからとて、原判決に所論の如き採証法則に違反する点ありとはいえない。

要するに各所論は、事実審としての原審がその自由な判断権に基き証拠の価値ないしは事実の認定につき事理経験の法則に従い判断したところを非難するものであつて、すべて採用するに由がない。各論旨はすべてその理由がない。

(三宅 井波 荒井)

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